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自死(自殺)遺族支援のための認定NPO法人グリーフケア・サポートプラザ

大切な人を自死(自殺)でなくし ひとり孤独でいる時 望みを絶たれ先が見えない時 いつでもどうぞ 自死遺族支援をしているNPO法人です

2017年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年07月

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生きている不思議 死んでいく不思議

大事な人を亡くした哀しみの中「千と千尋の神隠し」をビデオで見ているとある方から聴き、十余年前の自分の心に再会したような気持ちになりました。

「生きている不思議 死んでいく不思議」をかみ締めて生きていた頃。
当時の自分の心情とはかけ離れて聞こえた『こなごなに砕かれた 鏡の上にも 新しい景色が映される』の歌詞。
失ったものの大きさに圧倒され、新たな景色が再び生まれるなどとは想像できず、考えたくもなかった。
今もまだ、新しい景色の中に砕け散ったかけらも重ねてみえます。
それでも、あの頃のような空虚感とは少し違うのです。

亡き人の苦しみ、遺された者の絶望しか認識できなかったあの当時に比べて、
今は『輝くものは いつもここに、 わたしのなかに 見つけられた』様な感覚になることがあるのです。亡き人の笑顔、懐かしい日々。以前はそのことすら苦しかったのですが・・。

今苦しんでいる貴方、どうかしばらくの時間をあなた自身にあげてくださいね。
今の気持ちはいつか少しずつ変わっていくことを信じています。もしかして、想像以上に時間はかかるかもしれません。
でも、亡き人への愛しさと伴に生きていこうと思える時が訪れる。どうかその日まで何とか、踏ん張ってくださいね。

亡き人はすべての苦しみから解放されたのだとの思いが救いになっていることもあります。
それでもあの人が突然命を絶ったその事実は事実。
全てを消しさることはできないけれど
喪失の痛みを味わったからこそ、見える景色もあります。いつかそんな新たな景色が鏡に映し出されるのではと思うのです。

千と千尋の神隠し 「いつも何度でも」は、今の貴方の気持ちとは少々かけ離れた歌詞かもしれませんが・・・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=9O4SMw_8Om0

『呼んでいる胸のどこか奥で いつも心踊る夢をみたい
かなしみは数えきれないけれど その向こうできっとあなたに会える

繰り返すあやまちそのたびひとは ただ青い空の青さを知る
果てしなく道は続いて見えるけれど この両手は光を抱ける
さよならの時の静かな胸 ゼロになるからだが耳をすませる

生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みな同じ

呼んでいる 胸のどこか奥で  いつも何度でも 夢を描こう
かなしみの数を 言い尽すより  同じくちびるで そっとうたおう

 閉じていく想い出の そのなかにいつも  忘れたくない ささやきを聞く
 こなごなに砕かれた 鏡の上にも  新しい景色が 映される

はじまりの朝の 静かな窓  ゼロになるからだ みたされてゆけ

海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに わたしのなかに 見つけられたから 』
NPO法人グリーフケア・サポートプラザ 公式ウェブサイト

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私が今も生きているのは

茶話会に参加されている方から借りた「カラフル・森絵都著・文春文庫」を読み終わったあと、最終頁で2007年9月に1版が出されたことを知りました。
息子を亡くしたのが2006年。
この本が世に出た頃は衝撃的な現実を受け止めることが出来ず、苦しくて苦しくて、どうにもならない時を過ごしていました。あのころの感情がふっと蘇ります。ただあの頃のような激しさではないのです。

自死した少年が生き返るストーリーのこの小説を読んで、一番最初に思ったのは、あの頃に読んだらどんな気持ちになったのだろうとの思い。
辛すぎたかもしれません。息子はこの少年のように生き返ることは出来なかったので・・・。
それでも、長い年月を経た今では、旅立ってしまったことの要因の一つに、あるいはこんなことも人によってはあるのかなあとも思えます。家族や周りの人は相手を思っていて決して見捨てているわけではない。でもその思いがストレートに届かずに少しずつずれ、死を意識する人には孤立感が漂う。

「なぜに」「どうして」あの人が逝ってしまったのか。
誰にもはっきりした理由はわかりませんが、いくつかの想像はできます。

繊細で、我慢強く、しかも自尊心の強い君だったから、いっぱいいっぱいため込んでいたことがあったのかもしれない。ふっと消えたくなった・・・そうなの?君。
その重荷、少しでも、共に背負わせて欲しかった。そして今も生きていてくれたら・・・・。
あの日に限り君は一言も言わず、ふっと消えてしまった・・・。

それは出来ないことだったんだね。
君の最後の行動はそのまま受け止めていきたいと今は思っています。
わからないことは、わからないまま。
それでも時に、残念さと悔いを感じるのは、君への尽きぬ思いであり、祈り、供養でもあるとこの頃は思ってもいます。
年月を経てもなお感じる心の痛みは必ずしも排除するものでもなく、どれほど深く亡き人を思っていたことかを思い出す確認作業でもあるのです。私の場合は。
ちょっと辛いけれど、でも愛しさも伴う大切なことなのです。
私が今も生きているのは君を思い続けるためなのかもしれない。
NPO法人グリーフケア・サポートプラザ 公式ウェブサイト

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