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自死(自殺)遺族支援のための認定NPO法人グリーフケア・サポートプラザ

大切な人を自死(自殺)でなくし ひとり孤独でいる時 望みを絶たれ先が見えない時 いつでもどうぞ 自死遺族支援をしているNPO法人です

2018年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年05月

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ゴールデンウィーク中も傾聴電話はしています。

ゴールデンウイークが始まりました。
5月1日(火曜日)、5月3日(木曜日)、5月5日(土曜日)も、傾聴電話はいつもと同じようにしています。
どうぞご利用ください。

電話をかけてこられる方の心に寄り添うこと、味方であることを一番大切にして、傾聴しています。
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| スタッフ日記 | 10:34 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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孤独

大事な人に自死された衝撃と悲しみ。
そのうえ、自死ゆえに他者との間に見えない壁ができてしまう多くの遺された人たち。
全てが崩れさるような体験をし、孤立感と自分への信頼感までもなくし、自信も消えてしまう。
自死遺族の多くはそんな底なし沼に一度ははまり込んでしまう。

孤独をひしひしと感じ、自分の良さを見つけることが出来なくなったら、どんな人も死にたくなるのかもしれない。
それでも何とかそこから抜け出そうともしている、だからこそもがき苦しんでいる。

今苦しんでいるあなたへ、
自死した大切な人のいのちが大事だったように、いのちある今のあなたもとっても大事な人なのです。
苦しくても生きている、そんなあなたを応援しています。
生きている、そのことに、深い意味があるように私は思うのですが・・。
明日は、ほんの少しだけでも辛さが減っているといいですね。
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| スタッフ日記 | 22:17 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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きっとまたいつか

エッセイで読んだことだけれどとの前置きで、ある方から聞いた話です。
第二次世界大戦の末期、昭和20年3月10日の東京大空襲で焼野が原になった東京で逃げまどい煤だらけになった婦人が「『きっとまたいいこともあるわよ』とつぶやき、もう一人がうなずく声が聞こえた。」のだそうです。

たぶん家も、家族も空襲で失ってしまった二人。茫然自失の中でそう話すことで自分自身を鼓舞したのでしょうか?自分に自分で言い聞かせたのでしょうか?
そう思わないともう一歩も歩けなかったのかもしれません。

究極の非常時で、絶望に沈む人もいるけれど、そんな中だからこそ生きる方向を知らず知らず無意識に模索する人もいる。
今の平和な世の中で聴くと耳を疑う不思議な、怪訝な言葉にも聞こえるけれど、
そう思うしか生きる力は湧いてはこないほどに、大変な状況だったのではと、私は想像するのです。

大事な人を亡くし、いいことがまたあるとはとても思えなかったあの頃。
青空さえ眩しくて下を向いて歩いていた日々。絶望に沈んでいた私です。

それでも、少しずつ心は癒されていくのが不思議です。
大事な人を亡くす前ほどでないけれど、
おかしいことが起きると笑います。
美味しいものをいただくと、美味しいとも感じます。
青空、新緑を眺めると美しい、爽やかだとも思えるようにもなりました。
少しずつ少しずつ薄皮をはぐように少しずつのあゆみ。
貴方にもきっと、そんな時が訪れます。
何とか今日一日をしのいで、生きて下さいね。

今どれほど、どんより曇った梅雨空のような気持ちであっても、
きっとまたいつか、青い空にも出会えるのです。
以前知っていたシンプルな青ではなくて、沢山の色が混ざり合った末にたどり着いた味わい深い青色です。
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| スタッフ日記 | 15:16 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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償う気持ち

「つぐないは出来なくても、つぐなう気持ちを現すことはできる」。

とても共感した言葉です。
大事な人を亡くし、苦しみ抜いた方から聞きました。

償う気持ちを現すのは後を追うことではなく、生きて供養することだと思うようになったとも聞きました。
激しい自責感から後を追う事ばかり考えていた人が、新たな境地に立たれた心の変化に、震える思いがしました。

自死で遺されたどの人も、特別にひどいことをしたわけではないけれど、
また、それが原因で、自死したわけでもないけれど、
大事な人、かけがえのない人を亡くすと、遺された人は自分を責めて、生きている意味を見失うことも多い。

生きている限り、亡き人を供養できるのだと思えば、一度は失った生きる意味をそこに見つけることもできるかもしれない。
単純な私は、素直にそのように感じました。

私も亡き人に償う気持ちを現したい。
毎日、毎日故人のことを想う日々が、償いなのかもしれませんが、
もう少し、別の形で現したいと、改めて思いました。

秋になったら亡き人の好きな花の種を蒔きたいと思います。
命日の日に、最後の場所を好きな花でいっぱいにしたい。
直後も今も変わらない私の償う気持ちと冥福を祈る現し方。

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| スタッフ日記 | 04:39 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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