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自死(自殺)遺族支援のための認定NPO法人グリーフケア・サポートプラザ

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生と死

生と死を絵に描くならば、どんなイメージなのかを、画用紙に各自が描く体験をしました。
描いた後に隣の人と見せあい、シェアしました。
『生はあたかも川の流れのようで、急流もあれば、ゆったり穏やかに流れる時もある。死はその先にあり、見えないけれど生と続いている』と語る人。
『最初は原子の粒。それがビッグバンで大きく変わり、その後も変化を続けていくのが生。死も原子の粒。やがてその粒も変化し、再び生に戻る。生と死どちらにも変化がある。表と裏。』と語る人。
『生は人には目に見える世界で変化していくもの。死は人には見えない穏やかな眠り。生と死は全く違う世界だが、断絶ではない。生は死に繋がり、死はいずれ生に繋がる』と語る人。
『生と死につながりはない』 『死は無』『死は終わり』と語る人。

そのほかにも、10人10色。人それぞれの生と死のイメージがあった。
講師の先生は、それでよい。人により異なるのが生と死に関する考え方でありイメージである。無理に似ているところを探していくものでもないと言われた。
「みんな違ってそれで良い」。私はそう受け取り、安心しました。

大事な人を亡くした時、亡き人は今どこにいるのかと探す人は多いのですが、
それを他人が自分の思っていることをアドバイスしたり、断定したりするのは良くないことで、それぞれのその人なりのイメージこそが、その後を生きていくためには必要なのだと、感じます。

自分が考えたり想像する生と死のイメージの中に、亡き人をどう配置してくのか。
そこを、グリーフの過程の中で見つけることが出来たなら、それなりにあきらめることができるのかもしれない。そしてその配置、そのイメージも年月により変化していくような気がします。
あきらめるとは仕方がないとしぶしぶ自分をなだめることの場合もあるけれど、
それまで分からなかったことが顕かになることでもあると、どこかで聴いた気がします。

自ら命を絶った大事なかけがえのない人。
あきらめるのはそう簡単なことではないけれど、
自分なりの落ち着きどころを探しつつ、10余年が経ちました。
これからも、死を迎えるその時まで私の生と死のイメージは変化していくのでしょう。
そのたびにあの子の居場所が少しずつ違ってくるけれど、変わらないのは静かな世界で安らかでいて欲しいとの願いです。
NPO法人グリーフケア・サポートプラザ 公式ウェブサイト

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