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自死(自殺)遺族支援のための認定NPO法人グリーフケア・サポートプラザ

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死者への心づくし

初夏に、西田幾多郎記念哲学館を訪れる予定を組みました。
西田が「善の研究」を発表したのは、亡き子の死の2年後だったとか。
喪失の痛み、悲しみが哲学する上での大きな飛躍になることは西田に限らずあるそうです。
アバウトな性格の私ですら生きることについて、これほどに考え続けたことはありません。

たとえ姿は見えずとも、かけがえのない人と繋がりたい想いが悲しみになり、その悲しみがその後を生きる力にすらなることもあるのでしょうか。
「我が子の死」の西田の嘆きは、遺された親にとっては共感する言葉が多い気がします。

『若きも老いたるも死ぬるは人生の常である、死んだのは我子ばかりでないと思えば、理においては少しも悲しむべき所はない。しかし人生の常事であっても、悲しいことは悲しい・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・。人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという、しかしこれが親に取っては堪え難き苦痛である。時は凡ての傷を癒やすというのは自然の恵であって、一方より見れば大切なことかも知らぬが、一方より見れば人間の不人情である。何とかして忘れたくない、何か記念を残してやりたい、せめて我一生だけは思い出してやりたいというのが親の誠である。・・・・・・・・・・・・・・
・・折にふれ物に感じて思い出すのが、せめてもの慰藉である、死者に対しての心づくしである。この悲は苦痛といえば誠に苦痛であろう、しかし親はこの苦痛の去ることを欲せぬのである。」         『西田幾多郎随筆集』「我が子の死」』

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