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自死(自殺)遺族支援のための認定NPO法人グリーフケア・サポートプラザ

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「かなしみの力」

こんにちは、れもんです。コロナウィルス感染対策で、サポートプラザも会や
セミナーをお休みにすることになってしまいましたが、せめて2月2日に講演会を開くことができたのは、よかったと思います。

夫が逝ったのは3月の下旬にさしかかるあたり。桜のつぼみが膨らみ始める頃でした。だから、この季節になると、桜というと満開の桜花ではなく、降りしきるように散る花びらのイメージしか私にはありません。それは私にとって、まるで落ちゆく枯れ葉のように物寂しさを感じさせるものでした。

夫の七回忌を過ぎた頃でしょうか。分かち合いの会での皆さまの語りを聞きながら、かなしみには不思議な力があると、深く思うようになりました。かなしみは、実は、生きる原点にあるものではないだろうか。その頃に、竹内整一先生の『「かなしみ」の哲学』という本に出会いました。

「かなしみ」とは、生きていること(死ぬこと)の深くゆたかな奥行きをそれとして感じさせる感情なのではないか――      (『「かなしみ」の哲学』)

日本人は、いにしえから、自然のはかなさに響応する感受性をもっていました。それがかなしみとなって表われる。本を読み進めていくうちに、吹雪のように散りゆく桜花のなかに、夫の姿が重なりました。そのとき、それまで彼は精一杯生き尽くしてきたのだということ、そして桜の花が散るように、彼もまたふと力尽きて逝ってしまったのだと、初めて思えるようになりました。それはとてもかなしいけれども、どこか清々しい情景でした。

講演会のなかで紹介された柳田邦男や金子大栄の言葉には、実感があります。

愛する人の生きた証しを心の中に抱擁した人々は、その永遠のいのちの止むことなき語りかけによって、逆にあたたかい生のエネルギーをもらうという不思議が生じる。                (『「人生の答」の出し方』)
             
花びらは散つても花は散らない。形は滅びても人は死なぬ。・・・思ひ出に還り来る祖先はみな仏となりてわれらを安慰せらるゝ。・・・その時には形もなく名もなければ、煩はすこともなくして自在に有縁を慰め、知らるゝことなくして、無碍にその人を護ることができよう。         (『歎異抄領解』)

自然のはかなさと人間の生死が響き合うとき、かなしいけれども、そのかなしみのなかにこそ、救いもまたあるように思います。

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