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自死(自殺)遺族支援のためのNPO法人グリーフケア・サポートプラザ

大切な人を自死(自殺)でなくし ひとり孤独でいる時 望みを絶たれ先が見えない時 いつでもどうぞ 自死遺族支援をしているNPO法人です

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4月の茶話会のご案内

4月の茶話会は4月6日(土)午後2時~4時半です

桜が空き始めましたがいかがお過ごしでしょうか。
今週の土曜日には茶話会があります。
茶話会は自死遺族の方同士が心おきなくお茶を飲みながら、ほっとするひとときを過ごす場です。
今の気持ちや一人一人のさまざまな生き方、日々の過ごし方などについて自由に語り合っています。
喪失の激しい痛みが少し落ち着いた方たちの親睦と情報交換の場です。

茶話会開催日  毎月の第1土曜日 午後2時~4時半頃
4月は4月6日 午後2時からです。
場所   本会事務局(ホームページのアクセス欄に地図が掲載されています)

参加条件 大切な方を自死で亡くされた遺族に限定します
参加費 400円(会員、非会員を問わず)

その他  匿名を希望される方はニックネームでの参加も可能です
      話の内容はその場だけにとめおき 外部に漏れることのないよう
      参加者同士での守秘義務を条件とします
      その他 安心して本音で話し合えるためのいくつかの約束事項を
      大切にしあい 安全で安心できる場をつくっていきます

*参加希望の方は 当日連絡なしの参加で大丈夫です。
お気持ちが向かれたらどうぞ。

なお、今苦しくてたまらない人、喪失の痛みの最中で耐えている方たちには毎月「分かち合いの会」が第三日曜日に開催されています。4月は4月21日(日曜日)午後2時からです。詳細はホームページでご確認ください。
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| スタッフ日記 | 10:17 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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桜への想い

桜が咲き始めました。
『桜はきっと、悲しい人のために咲き、この春にいない人を悼んで散っていく』と夕暮れの桜の写真に添えられたフォトエッセイを最近読みました。

春の終わりに旅立った息子。
死別後間もない3~4年は、死を受けとめることが難しくて、どこに行ってしまったのかと息子の面影を探し続けていました。

その頃、華やかに咲き競う桜並木は苦手でしたが、山里や山中にひっそりと咲き続ける樹齢数百年を超える1本桜に心惹かれて旅していました。
たった1本で人里離れて、風雪に耐えて生きてきたさくらの姿が孤独な自分を慰め、励ましてくれるような気がしていたのです。
きっと『悲しい人のために咲き、この春にいない人を悼んで散っていく桜』を、無意識のうちに探し求め、体感していたのだと、エッセイを読んで気づきました。

エドヒガンやヤマザクラなど昔からの品種の桜は古いお墓の傍に静かに咲いていることが多く、生と死の狭間に漂っていた頃の私の慰めになっていたのでしょう。
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| スタッフ日記 | 06:58 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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あの日から一歩ずつは・・

こころに沁みる言葉に出会えたとき、ことばにはちからがあることを感じます。
大事な人を亡くした方が、よく聴く歌を二つ教えて下さいました。
ユーチューブで検索して歌詞を知りました。

私の心に届いた言葉は
『逢いたくて逢いたくて、この胸のささやきがあなたを探している』 (木蘭の涙)
『きっともうこれ以上 傷つくことなど ありはしないとわかっている。
あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ そのすべてを愛してた』(レモン)

固まった気持ちが、少し動いて、
しみじみとした悲しみが胸をひたします。
悲しみはとても大切なもの。
それほどに愛していた人と出会い、
今も心の中には確かに存在しているということでもあるのですから。

貴方もきっと悲しみの中、今を生きておられるのですね。
悲しみは消えずとも、自分で抱えられる程度には小さくなります。
そうなれば、生きることが今より少しだけらくになるかもしれません。
歩幅が小さくても、あの日から一歩ずつ、歩いていることは確かなのです。

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| スタッフ日記 | 21:00 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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死者への心づくし

初夏に、西田幾多郎記念哲学館を訪れる予定を組みました。
西田が「善の研究」を発表したのは、亡き子の死の2年後だったとか。
喪失の痛み、悲しみが哲学する上での大きな飛躍になることは西田に限らずあるそうです。
アバウトな性格の私ですら生きることについて、これほどに考え続けたことはありません。

たとえ姿は見えずとも、かけがえのない人と繋がりたい想いが悲しみになり、その悲しみがその後を生きる力にすらなることもあるのでしょうか。
「我が子の死」の西田の嘆きは、遺された親にとっては共感する言葉が多い気がします。

『若きも老いたるも死ぬるは人生の常である、死んだのは我子ばかりでないと思えば、理においては少しも悲しむべき所はない。しかし人生の常事であっても、悲しいことは悲しい・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・。人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという、しかしこれが親に取っては堪え難き苦痛である。時は凡ての傷を癒やすというのは自然の恵であって、一方より見れば大切なことかも知らぬが、一方より見れば人間の不人情である。何とかして忘れたくない、何か記念を残してやりたい、せめて我一生だけは思い出してやりたいというのが親の誠である。・・・・・・・・・・・・・・
・・折にふれ物に感じて思い出すのが、せめてもの慰藉である、死者に対しての心づくしである。この悲は苦痛といえば誠に苦痛であろう、しかし親はこの苦痛の去ることを欲せぬのである。」         『西田幾多郎随筆集』「我が子の死」』

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| スタッフ日記 | 17:53 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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白木蓮の花が満開です

きゅうりさんから春の便りをいただきました。
「白木蓮の花が満開です。この花が咲けば、桜も間も無く咲くでしょう。
木蓮とは、木に咲くハスのようだと名付けられたようです。
中国原産で日本原産のこぶしと見分けるには、花が咲くとき葉がないのが白木蓮なのだそうです。
花びらは太陽の光を受けて南側がふくらむため、花先は北側を指すので磁石の木と呼ばれることもあります。
私たちも、この季節、太陽の光に向かって歩いてみたいですね。」

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